分身解放

朝、7時。

気怠げな目覚ましを止める。

「あぁ………ねみぃ…」

「おい、いつまで寝てるつもりだ。さっさと起きろ!」

ベッドの横でメガネをかけた男が言う。

「うるさいな……眠いんだよ…」

声にならない言葉を呟くと

「昨日の朝は遅刻ギリギリで冷や汗かいてた癖に。何も学んでないのか。」

と厳格な彼が言う。

「わかったから…。もうっ!」

酷く不機嫌な顔でベッドから出る。

体は寝ても重いままで階段を自重で降りていく。

居間のソファに倒れ込むと、

「おはよう。朝はトーストで良い?」と母が聞く。

「良いよ…」と答えるものの言葉は口から1メートルも持たずに床に落ちてしまった。

母がトーストと飲み物を持ってきてくれて、のそのそとそれを食べ始める。

テレビは朝のニュース番組をやっているが不倫だなんだとくだらない。

「ヒトの人生に口出しするとかバカのすることだよなぁ?へっ、コレだからニンゲンってのは…」

朝ご飯を食べる隣でいかにも悪そうな顔の奴が言う。発言や見た目から私は勝手に悪魔と呼んでいる。

トーストを食べ終わり、洗面台で顔を洗う。

制服に身を通し、鞄と弁当を持って家を出る。

「行ってきます。」誰に向けてでもなくそういうと、「楽しんでな」と父が答えた。

「楽しいことなんてねぇのにな。ホントわかってないなぁ」

後ろを歩く悪魔が言う。

 

自転車にまたがって走り出す。

通勤通学の時間帯。サラリーマンやら高校生で歩道は走りずらい。車道は車道で自転車と車でいっぱい。

「ジャマだし全部轢いちまうか?」と悪魔の声だけが聞こえる。

勿論、無視し人の隙間を縫って進む。

信号に引っかかり止まって腕時計に目をやる。

ここまで15分。いつも通りのスケジュール。

「ここから先の不測の事態に備えてもう10分、早く出てもらいたいものだがな!」

メガネの男が顔を覗き込んでくる。

「はぁ…」と溜息をつく。「ほんと疲れたよな…学校とかだるすぎ…ゆるゆる行こうよ…早く行ってもいいことなんかないからさ…」

自転車のカゴに収まった小柄な少年が言う。

身に纏う布がカゴから垂れて車輪に絡まりそうだった。

カゴの少年から発するどんよりとした空気に飲まれ、こちらのテンションも急降下した。

自転車のペダルをのんびりと、風に揺れるジャングルグローブより遅く回して学校へ向かう。

校門の前には生徒が長く列を成して学校へ入っていく。「朝からゲンキなこった」と全員が口を揃えて言った。私もそう思った。

校門をすぎて通用門から入り自転車を止める。

教室までの距離が億劫だった。

教室に惰性で入ると彼と目が合う。

クラスで1番仲良くしてる友人だ。

彼は机に荷物を置いたのを見て私の所へ来る。

「ほうら来たぞ!明るく元気に見せるんだ!」

やたらと熱い男が出てきて、まとわりついた湿気た空気を払う。「おはよう!」彼につられて、言いたかった訳では無いのに声が出た。

「おはようー。なぁ聞いて?昨日さぁ…」彼が話し出す。気づけばみんないなくなっていた。

彼の話をうんうんと聞いていた。

彼にとっては今の私が私かもしれない。

でも本当の私は今もまだ眠ったままでいた。