遠く、山並みの向こうで太陽が沈んでいる。

夕日の光は空を、街を赤く染める。

こんな薄汚れて、人々が出した不幸と鬱憤の詰まった街でさえ、美しく錯覚させる。

いつかあの太陽は大きく膨らんで地球を焦がしてしまうらしい。

そうなったら、この街も全て灰になって、平穏が訪れるのかもしれない。

その瞬間に居合わせたいけれど、それは人にとって、あまりに遠い未来の話であり、私はその前に息絶えるだろう。

それ以前に、私の肺を満たした罵詈雑言と悪意は私を衰えさせて、吐き出さなければ、今すぐにでも死んでしまいそうだった。

吐き出し方は分からない。

生まれた時から吸い込み続けたものだから、吐き出そうにも体の隅々まで行き渡り、完全に取り除くことはできない。

 

柵に身を寄せ、グラウンドをそっと見下ろす。部活に励む生徒が、働きアリのように忙しなく動き回る。

彼らの顔は皆幸せそうだ。

きっと部活動が彼らの生きがいなのだろう。

そのために授業中は居眠りをし、掃除時間にほうきで野球をし、休み時間には昨日の試合の話を大声でするのだ。

私だって部活には入っていた。

ただ、先輩の不条理な頼み事と同級生の傲慢なまでの純粋さにはついていけなかった。

「素晴らしい青春だ!羨ましいよ!」

なんて馬鹿なセリフを思いついて、乾いた笑い声をもらす。

 

目線を動かすとクラスメイトが映る。

昔は、明るく声をかけてくれたのだが、最近ではめっきり話さなくなった。

どこかの誰かが私の悪口を言っていたらしいから、きっとそれが理由だろうと思う。

嫌われるようなことをした覚えもないし、嫌われるほど誰かと親しくもないし、それを真に受けて私を避けることも、何もかもが可笑しかった。

この世はあまりに腐っている。

正しさは歪められ、愛に値札が付き、美しいものは例外なく冒された。

私だけが高潔かと言われるとそうでは無い。

でも耐えられなかった。

美しいと信じた物が壊れていく様子を。

綺麗なものが錆び付いていく前触れを。

だから終わらせたかった。

これ以上、醜く変わるまえに。

 

柵を乗り越える。

こういう時って靴は脱いだっけ?

などどうでも良いことを考える。

もうグラウンドの生徒はいなくなっていた。

日もあと一筋の光が残るだけになり、あたりは暗くなった。

冷たい風が吹きつけてきて、跳ぶのを促しているように思えた。

 

その時、扉が開いてあの子がやってきた。

暗かったせいでこちらには気づかないようだ。

彼女はいつになく寂しげな表情をしていた。

そのまま屋上に寝転び、空を見上げていた。

日も完全に落ちて夜が来た。

彼女の姿もこちらからも見えなくなってしまった。

暫く風の音だけを聞いていた。

「あれ…リゲルかな?」

彼女はそう呟き、私も空を見上げる。

空には強く光る星がいくつかあった。

その後も彼女は独り言を言いながら星を見ていた。

30分程経って、彼女は立ち上がり扉へと歩いて行く。

最後に振り返って、「また星、見ようね」と言って帰って行った。

私は大きく息を吸って、吐いて、柵を乗り越える。

夜闇が深くなり、空に煌めく星が一層明るく見えた。