夢の市
気がつくと、私は広く白い世界にいた。
見渡す限りなにもなく、私1人。
地面の硬さや空気の温度も感じられない世界。
ここにいてもしょうがないと思い、歩き始める。
歩き始めても、どこか身体がフワフワしているような感覚で筋肉が伸び縮みする訳でもなく進んでいく。
しばらく歩くと地平線の上に、何やら構造物が見える。
近づいてみると、それは市場だった。
これまでとは打って変わって、たくさんの人と物が集まる賑やかな場所だった。
そこに並ぶ商品を見て、不意に空腹を感じた。
何か食べ物を買おうとするがお金は持っていない。
迷子だからお店の人も多少は優しくしてくれるだろうと思い、声をかける。
「すいません、そのリンゴ貰えませんか?」
「※〇€〒”∑◇ΞЖ?」
「ごめんなさい、もう1回言って貰えます?」
「※〇€〒”∑◇ΞЖ?」
困った。言葉が通じない。
身振り手振りで伝えようとするが伝わらない。
その様子を見ていた他の人たちがザワザワし出した。
私は恐怖を感じた。
彼らにとってすれば、謎の言葉を話す人間が唐突に現れたのだ。
得体の知れないものは牢に閉じ込めるなり、捕まえて処刑するなりするのが普通では無いのか。
何とかして自分は危険な人間では無いことを伝えなければならない。
もし今、走って逃げようものならヤバい奴である事を自分で証明するようなものだ。
どうしようか…
そんなことを考えていると、周囲の人々のざわめきは一定のリズムになり、市場のテントは白く無機的になり、人々はスーッと消えていく。
目の前が明るくなり、何も見えなくなる。
ばっと飛び起きる。
どうやら帰ってこれたらしい。
目覚ましを止めて布団を出た。
「学校行かなきゃ…」
寝ぼけ眼でリビングに行き、パンを焼く。
焼き上がるまで、テレビをつけて、ぼんやりと眺める。
アフリカでクーデターが起こったらしい。
平和的じゃないね、なんて思う。
パンを齧って、コーヒーを飲む。苦い。
牛乳を入れ忘れていた。
冷蔵庫の牛乳を取り出し、コーヒーに注ぐ。
白と黒が混ざり合う。
朝食を終えて、顔を洗う。
髪が伸びて目にかかりそうだ。
シャツを着て、制服のズボンをはく。
上から黒いブレザーをはおり、リュックを背負う。
鏡で身だしなみを確認する。
黒く覆われた私は全身から陰鬱としたオーラが漏れている。
私らしいな、といつも思う。
けれど私は知っている。
その黒さは私の一部に過ぎないのだ、と。