灰色の影(2)

目的地はとある建物の地下だった。

建物に入るとお香のような匂いがする。客を否応なく落ち着かせる罠だと思った。

地下へはエレベーターを使って行く。以前はエスカレーターもあったが今では地上階のみで使われており地下へ向かうものは封鎖されていた。

 

エレベーターの扉が開き、箱を出るとパーテーションで区切られたスペースにスーツ姿の男が二人。手には金属探知機を構え、こちらに歩み寄ってくる。「手荷物検査を」と言われたがポケットの中を確認されただけだった。警備員の男たちは私を見て顔をしかめたようだが気にせず奥へ入っていく。

 

パーテーションの奥には綺麗に並んだ棚がこの階の隅まで並ぶのが見える。棚には本が所狭しと並べられ、本自身が空間の一部としては存在していた。ここは本屋である。地下の1階と2階を本棚によって占拠された本の住む場所であった。

 

本屋であるのに厳重な警備をしているのは、以前爆発事件があったからだ。小さな爆弾であったため大きな被害にはならなかったが新聞でも取り上げられるニュースとなった。

何分、荷物検査なんかをするから来客は少なく、年中閑古鳥が鳴いていた。

 

今日、私がここを尋ねたのはある本を探しに来たのだ。否、「探しに来た」というより「会いに来た」のだ。どこにいるのかは分かっている。もう何度もその本に会いに来たことがあった。規則的な本棚の間を弾むような足どりで進んでいく。

 

目的の本棚にたどり着き、端から眺めていく。織田作之助梶井基次郎の本が並び、さらに目線を動かしていくと一箇所だけ欠けた所がある。そこは例の本があるはずの場所だった。

 

私はその隙間を見て、思わず高笑いしそうになった。急いで私はポケットに入った手帳のページを破り取り、付属のペンを走らせる。書き終わると手帳の切れ端を丁寧に折り畳み、隙間に置いて立ち去る。

 

その切れ端にはこのように書いてあった。

「お買い上げ下さった方へ

 此処に在った本を買って頂き有難う御座います

    其の本は私の処女作で有りました。其の子が

    最後の一冊であります。どうか大事にして

    下さい。私が確かに生きていた事の唯一の証で

    御座います。これで漸く終われるのです。

    どうも有難う御座いました。」